翌週、金曜日になるのを待って、8時過ぎ麻縄を大きめの鞄に忍ばせて、店に向かった
暖簾はもうなかったが、店内は明るい。
だが、戸は閉まってあかない、ノックしてみたが、返事がない。
もう一度叩いてみる。

「こっち、こっち」
横手から女将が手招きしていた。

裏口から入って座ると、
「ごめんね、8時過ぎても営業している店が有るってチクった人が居るみたいで、役所が確かめに来たのよ」
「そうだったんだ」

「だからね、ここでお食事もだめなの。でも、お弁当にしといたから持って帰って」
「なんだ、そういうことなら無理しなくても良かったのに」

「いいのよ。で、それって、麻縄?」
「うん、まあ」

「見たい。でもねー、ここじゃ、まずいから。私もお持ち帰りする?」
「えっ、本気?」

「ただし、私を無理やり襲ったりしないって約束できる?」
「つらいけど、無理やり襲ったりは、しない」

「うん、つらいけどって言うのが、なかなか良ろしい」

明かりを消して店を閉め、連れだって大通りに出た。
「で、どっちが近い?」
「ん?何が?」

「お家よ」
「ああ、私はJRで30分くらいだが・・・」

「じゃあ、うちの方が近いね。タクシーで10分くらい。うちで良い?」
「もちろん」

タクシーに乗り込み、女将は、行き先を告げると、私の鞄を取り上げ、勝手に中を覗き込む。
仕事の書類も少し入っていたが、見られて困るものでもない。
無言で手を中に入れて縄を触っているようだった。

「そんなに興味あったんだ?」
「これ、使ったことあるやつ?」

「ああ、練習には。でも、他の人には使ってないよ」
女将は、私の目を見て、また鞄の中に目を移した。

程なく目的地近くになり、家の前まで道案内しだして、鞄は私の手元に帰って来た。
女将は、さっさと降りて中に入っていくので、タクシー代は私が払う、まあ、当然か。

かなり古い家だった。
周囲もそれほど立派な家がなく、むしろ道一つ違えば、長屋が並んでいそうな下町の細い路地裏の一軒家だった。

引き戸の鍵を開けて中に入ると、古いが綺麗に片付いた玄関と廊下が見えた。
「さあ、入って」
「ここ、一人で住んでるの?」

「ええ」
「落ち着いた感じだね」

「古いだけよ。対して広くもない、親の遺産」
「いい所だ。お邪魔します」

居間というか、畳の部屋に座布団を進められて胡坐をかきながら、部屋を見回した。

女将は、お茶でも淹れる積りだろう、隣のキッチンと言うより台所と言った方が似合う板の間へ向かう、その後姿が美しかった。
店では割烹着を上から羽織っていたりするが、和服のままの姿を眺めるのは、初めてかもしれない。
こんな女に縄を掛けられたらと妄想するだけで、どこかが硬くなる。

畳のこの部屋には、真ん中にちゃぶ台、こまごまとした飾り物がガラス越しに見える小さめのタンス、あまり大きくないテレビと柱に掛かった時計、昭和の雰囲気が漂っていた。

隣にも部屋があるのか襖が締めてあり、道路側にはガラス戸越に板塀が街路灯の明かりを受けてぼんやり見えていた。
風鈴の音が、かすかに聞こえる。

「こんな所だから、お客なんか普通は連れてこないんだからね」
と言いながら、女将が湯呑茶碗を二つ置き、店で作っておいたという弁当を出して、向かいに座った。
「光栄です」
私は、わざとらしく頭を下げ、弁当の箸を手に取った。
二人で弁当を平らげると、注ぎ直したお茶を飲み終わるや、
「で、見せて、見せて」
女将が、隣へいざり寄って来る、と一緒に化粧の香り、こんな近くに女の香りを感じるのは久しぶりだ。

私は鞄から、麻縄の束を出し畳の上に置くと、すかさず女将の手がそれを持ち上げる。

麻の香りをかいだ後、
「解いていい?」と返事も聞かぬ間に、広げ始めた。
「どうぞ」
間の悪い返事を返しながら、部屋を暗くして、女将を縛っている自分の姿をふっと思い浮かべてしまった。

「私を縛ってみたいって思ったでしょう?」
「いっ、いや、そんな」

「いいよ、縛ってみて」
「そんな・・・」

「抱いていいよって言ってるんじゃなくて、ただ縛るだけだから。襲わないって約束、覚えてるよね」
「ああ」

「どんな感じか試したいだけだから」
「そうなのか。じゃあ」

「やっぱり、縛りたいと思っていたー」
「・・・」

縄を取って、女将を後ろに向かせ、手を取って縄で括る。
襟足が見え女を感じながら、手から縄を胸に回すとき、女将の髪の香りを感じ、腕の肉付きを確かめ、胸の膨らみをそれとなく感じながら、二度縄を回す。

「女将は、こうして縛られたことはないのか」
「初めて、あと、ここでは、女将って呼ばないで」

「なぜ?」
「ここでは、女将じゃなく、片瀬、さん・・・じゃ、他人行儀過ぎるか〜、初海でいいや。こうして縛られているんだから、呼び捨て、許す」

「初海、はつみ。俺の女になれ!なーんてね」
冗談っぽく言ったが、私の本心だった。

「だめよ、私、武松さんのこと、ほとんど何も知らないもん」
「まあ、その通りだが、そんな男に縛らせるなんて、変な女だな」

「襲わないって言った言葉は、信じられると思ったからよ」
「どうして信じられるんだ?ほとんど何も知らない男なのに」

「そこは、経験と勘。あんまり武松さん、自分のこと話さないから分かんないけど、私に気が有って、ずっと通ってくれてるのは分かってるし、何だかんだ言って言い寄って来たり身体触ったりしてくる奴らばかりだからね、その点、武松さんはしっかり我慢してきた。そこは評価してる」
「褒められたのか、意気地ないって言われてるのか知らないけど。でも、武松さんって言うのも、ここでは止めてくださいよ」

「ああ、そうね、じゃあ、なんて呼べばいい?ご主人様なんて言うのは嫌よ」
「いやか?じゃあ、武ちゃん、いや、武様」

「たけさま、かー、まあ、それなら、お店でうっかり出ちゃっても何とかごまかせるか。でも、こうしてるときは、たけちゃんで、いい?」
「おお、長い付き合いしてくれそうで、嬉しいね」


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