「いらっしゃいませ。ラストオーダーになっちゃいますけれど、いいですか?」
女将が、普通に声をかけて来た。
「ええ、ビール一本と、何かお腹にたまるものを」
「はい、ビール一本」
女将らしく店内に通る声を上げた。
「聞いてるわよ」
今度は、初海として耳打ちしてくる。
「??」
「今夜来るなら、食べるものはうちで用意するけど」
何故かほっとして、
「じゃあ、そうして、ください」
女将は、軽く頷くとビールとコップを置いて、また他のお客の相手に離れていった。
なんと切り出すか考えもせず店に入って来てしまい、正直、顔を見るだけで帰ってもいい積りで居たが、嬉しい展開だった。
でも、あの夢は、正夢だったのか・・・
閉店の少し前に店を出て、近くでそれとなく時間をつぶした。
いつの間にか、もう秋の風らしきものが吹いていた。
初海が、
「お待たせ」
振り向くと、
「タクシー拾おう」
と、腕を絡めて引っ張るように大通りに向かって歩き出した。
初海の家に着き、窓を開け放して溜まった空気を追い出しながら、
「美和さんから電話が有ったの。連絡がつかなくなったって、捨てられたのかもって、そのうち泣き出してた」
頷くだけにしておいた。
「それでね、もし本当に捨てられたんなら、私、もう死ぬだって」
初海は、窓を向いていて顔は見えなかったが、勝ち誇って笑っているように思えた。
「死ぬだなんて、言っちゃダメって言っておいたけど。本当に言わせたの?」
「ああ、言った」
「それで捨てて来たんだ?」
「言わせてからは、連絡していない」
「よくやった!」
初海は、笑って抱きついて来た。
「何食べたい?何でもあるよとは言えないけど、肉とか魚とか、どっちがいい?」
「じゃあ、魚」
「えっ?肉じゃないの?」
「刺身は有るかな?」
「一人分なら有るけど、じゃあ、それ出すね」
「ああ」
こんなに早い展開になるとは予想していなかったし、まだ心の整理がついていないような・・・
食事が終わると、お茶を淹れ換えながら、
「お風呂、先に入る?それとも・・・」
「先に入って来る」と私は立ち上がった。
「はい。じゃあ、着替えは、外に置いておくね」
風呂につかりながら、美和は何でそんなことを初海に電話してきたのか、それも、連絡つかないとか・・・
風呂から出て、浴衣を羽織っていると、入れ代わりに初海が入ってきた。
服を脱ぎ始めるので、慌ててそこを出る。
前と同じように奥の部屋に布団が敷いてあった。
初海は、抱かれる積りでいるのだろう、約束を果たしたのだから、私は抱いていいのだろう。
支度してあったビールを飲んで苦みを感じながら、身体はその気でいるのに気が付く。
このまま、なるようになればいいさ。
久しぶりの初海の身体は新鮮だった、やはりいい女だ。
恋人同士のようにキスをし、身体に唇を這わせ、交わり、果てた。
縛ろうなんて思わなかった、まして蝋燭とか鞭とか・・・
「どうしたの?」
「ん?何が?」
「なんか私じゃ物足りないような」
「そんなこと、あるはずないじゃないか。初海を抱くために」
「美和をだましたんですものね。後悔してる?」
私の胸に顔を乗せ、私の唇を指で弄りながら見つめて来る。
「後悔じゃない。なんかすっきりしないんだ」
「ふーん」
唇をもう一度重ねてから、私は起き上がった。
着替え初めて、「なによ!」っていう顔をしている初海に向かって言う。
「ちょっと気持ちの切り替えが必要なんだ。今日は帰る」
「そうなの?まあ、仕方ないわね。でも、来週の金曜、またお店に来て」
「うん」
「美和に未練有るの?」
「いや、君を抱きたいから、やってきたことだから」
そうなのだ、それなのに何をぐずぐずしてるんだ俺は・・・
「でも、ミイラ取りがミイラになったって・・・」
「そんなことはない」
不必要に強く、否定した。