臙脂(エンジ)色の緞帳が降り拍手が鳴りやむと、一斉に吐き出される人混みで狭い通路は、直ぐに身動きが取れなくなった。

大掛かりなセットと豪華な衣装で有名な演出家の芝居だから、安くないチケットも仕方ないのだけれど、友人から唐突に誘われて予備知識もなくチケットを手配した私には、楽しめたとは言えなかった。

それどころか、芝居が終わって一階席にいた友人を二階から見失わないよう目で追いながら急ぐが、人を押しのける訳にもいかず、焦っている。

一階に降りたときには当然見失っており、ようやく劇場の広いロビーに出ても、行きかう人々で、更にごった返しているばかりだ。

そんな中で友人が人の流れから外れたところで立ち止まってくれていたのを見つけて、ほっとし近づいて行った。

友人は笑顔を見せ、隣の女性に何かを話しかけた。
女性は、私の方を見て会釈をする。

彼女の顔を正面から見たのはこれが初めてだ。

私は、慌てて会釈を返し、ときめきを感じながら歩を急ぎ、合流する。

芝居の始まる直前に、入って来た友人が二階席をちょっと振り返ったので、手を挙げてこちらから合図したが一階の彼には気付かれず、挨拶は交わせていなかった。
薄暗い中でもう一人、彼のかげに居た女性の顔かたちははっきりと見えなかったが、席に着くときの身のこなしに美しさと品を感じた。

この劇場へ来たのは、女性を紹介するという友人の誘いに期待したからだ。

劇中、暗がりの中で、彼女の後ろ姿を何度も眺めていた。

舞台を見ている彼女は、時折友人の方にも視線を向けているようだった。
話をしているのか、ただ向いただけなのか、遠くからは分からなかったが、その姿は、なにか艶めかしかった。

私は、それでも友人に平静を装って声をかける。
「ようやく追いついた」
「ああ、結構入ってるね」

「そうだよ、上手く落ち合えるか心配だったよ。始まる前に会っておくつもりだったけど、ぎりぎりになると言うから席についてしまって」

「うん、こういう時、携帯もスマホも切れというのは不便なものだ」
友人は、彼女に目をやりながら答えた。
彼女は、うつむきかげんに頷く。

「事前に席を聞いていなかったら、この中では会えなかったかもしれない」
私は、目で彼女の紹介を急かした。

「ああ、そうだ、紹介するよ。彼女は、伊藤乃梨子」
「よろしくお願いします」

「こっちは、北野久仁彦」
「初めまして、山下君とは中学の同級生で」

ロビーは相変わらず、出ていく人、立ち止まって何やら話す人で騒がしかった。

「そんなことはもう話してあるよ。どこか座って話をしたいが・・・」
「あそこは、どうだ?」
私は、人混みが一段落するのを待つつもりで、奥の喫茶コーナーを示した。
コーナーには10卓程のテーブルが有るが座っている人影は、なかった。

「芝居がはねたら、もう閉店じゃないのか」
「始まる前に寄ったんだが、一時間ほど続けているらしい」

「じゃあ、周りが落ち着くまで、そこでいいか? どうせ外へ出ても、この人混みが吐き出されて騒がしいだけだろうから」
彼女も頷く。

セルフサービスでそれぞれ注文の飲物を持って隅のテーブル席に3人がつくと、山下が切り出した。
「電話で話したように、彼女は、俺の内緒の恋人、だった」
「ああ、分かれることにしたんだったな」

「そう。それで、お前に紹介したかったんだ」
「俺も結婚はしてるが、独身のもっと若い奴の方がいいんじゃないのか?いっ、いや、嫌と言ってるんじゃないよ、むしろ光栄と思っている、お前のお古と言われても全然構わないくらい気に入っている」

はじめて彼女が、下を向きながら、くすっと笑う。
その瞬間、柔らかそうな髪が、光沢のある厚手のブラウスの胸に落ち、ほんのり甘い香りも流れてきた。

「あっ、失礼、お古だなんて。まだ、おきれいでお若くて魅力的なんで、私でいいのかな、なんて思ってしまったんで・・・」

「お前が気に入っているんなら問題は半分解決した。気に入ったってことは、奥さんには内緒で付き合ってもいいと言うことだよな?」
「うん、まあ、家族ぐるみで付き合うんなら、ここで俺だけ会うことは無いから」

「で、残りの半分だ」
「ああ、彼女がそれでいいのかだ」

「違う」
「えっ?」

「残りの問題は、彼女とお前の相性だ」
「同じだろう?俺はいいと言っている。だから、彼女が、それで、いいのかだろう?」

「乃梨子は、もう決めている」
「俺に会う前から?お前の話だけで?」

「ああ」
「本当かよ、そんな時代錯誤的な・・・」

「だから相性の問題が残っている」
「相性?」

「乃梨子、洗面へ行ってパンツ脱いで来い」
「はい」
恥ずかしそうにだが、何の抵抗も反論もせず、うつむきながら彼女は立って行く。

「えっ?」

まだ混雑しているロビーを歩く彼女の姿を目で追いながら
「そう、彼女はM性が強い」
と、山下が話す。

「ああ・・・」







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